gon@giorno

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ターンオーバー
明日から変わる暮らし
・子供手当の見直し
・最低賃金(時間給)の引き上げ
・求職者支援法の施行
・電力9社と王手都市ガス4社が料金値上げ
・乳製品の値上げ
・全日空、日本航空が燃油サーチャージ値下げ
・BSデジタル放送が24チャンネルに

 そして

 自動車メーカーの「木金操業・土日出勤」も終了

 ワタシの生活も明日から変わるアルよ

 こんな事言ったら不謹慎だけど暮らしが明日から元に戻るアル

 がんばるさ



 相棒13.4

 11月27日までには何とかせな
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ハリー・ポッター
まいど

何年かぶりにテンプレートを変えてみようかな 夏っぽく 



静岡市街

コンクリートからの照り返し 温かい風 メチャ暑い



ハリー・ポッターと死の秘宝PART2を観に行って来ました

間違いない 史上最強のファンタジー

明かされた真実 言いたいけど言わない 是非劇場で 


でも映画館内クーラー効き過ぎ 涼しい越えて寒いでやんす

暑いだの寒いだの・・・言いたい放題でスミマセン



自分ばっかり涼しいトコで映画だすか

おーお 結構な御身分だす
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センチメンタル・シティ

まいど

今日もピーカン 熱中症注意



さあ今日も動き出すアルよ

気になっていた川沿いの草刈り正雄から開始でやんす



昼ごはんは玉蔵へ

黒玉蔵そば一号改 美味し 



午後は風がでてきて心地よいアル

でもやっぱアツイ  もう飲んじゃおっかな

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今夜から全英オープン ワクワク 

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どいつもこいつも

がんばろう日本

日本中が手と手をつないで立ち上がろうとしてるのに

何で政治家は手をつなごうとしねーの

アホか

 

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誕生日



今日は長女の誕生日です おめでとう

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44歳

 5月10日

父さんが今日で44歳になりました

ケーキを買ってきたのにフットサルをしに出かけて行ってしまいました

しばらくして「肉ばなれだー」とかいって帰ってきました

とてもキング・カズと同じ年齢だと思えません

いま風呂から出てケーキを食べながらビールを飲んでいます

なんてでたらめな男だ

こんな父さんですがどうぞよろしくお願いします

1年3組 ソウチアーノ

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なんだかんだ


まだまだ花粉症に悩まされているワタシ

この鼻炎スプレーって どーしても馴染めない

鼻腔がツーンってするアレがダメで・・・

じゃ使わなければいいでしょってか・・・でも必需品なんです ハイ



震災の影響で今日も臨時休業

週末からサッカー、ゴルフ、ドックランと多忙で出費も想定

今日は本でも読んで過ごすアルよ

白州次郎ってやっぱカッコエエ



夕方は のんびり相棒と散歩

なんだかんだ今日も一日無事過ごせたさ 感謝感謝

明日は出勤 がんばろう 
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12歳の日記
「人に頼られるようなしっかりした太い人間になれ」
その願いから「佑太」と名付けた父への手紙。


「お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました」。巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子供たちは何を見、その後をどう生きたのか。岩手県山田町の町立大沢小学校を3月に卒業した箱石佑太君(12)が毎日小学生新聞に寄せた体験日記には震災と向き合う姿が率直につづられていた。

 ◇3月11日

 卒業式の歌の練習をしていました。とてもゆれの大きい地震が来ました。最初は単なる地震だと思っていました。大津波警報が出ても、どうせこないと思っていました。来たとしても10センチメートル程度の津波だと思っていました。全然違いました。ぼくが見たのは、国道45号線を水とがれきが流れているところです。お母さんとお父さんが津波が来る前に大沢小に来ているところは見ました。だけどその後、お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。お父さんのことが不安でした。車を運転しながら津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました。

 ◇3月18日

 津波から1週間。お母さんは、もうこんなに日がたっているのに、まだお父さんが見えないとあきらめていました。じいやんは泣いて「家も頑張って建てるし、おまえたちだってしっかり学校にいかせられるように頑張るから、お父さんがもしだめだとしても頑張るからな」と言っていました。

 ◇3月23日

 卒業式でした。「ありがとう」の歌を歌っている時、お父さんに「お父さん、お父さんのおかげで卒業できたよ。ありがとう」と頭の中で言いました。そしたらなぜか、声がふるえて涙が少し出てきました。その夜、こんな夢を見ました。お母さんとお父さんが宮古のスーパーマーケットから帰ってきた夢でした。

 ◇3月25日

 親せきの人の携帯に電話がかかってきました。内容は、お父さんらしき人が消防署の方で見つかったということでした。急いで行ってみると、口を開けて横たわっていたお父さんの姿でした。ねえちゃんは泣き叫び、お母さんは声も出ず、弟は親せきの人にくっついていました。顔をさわってみると、水より冷たくなっていました。

 ぼくは「何でもどったんだよ」と何度も何度も頭の中で言いました。「おれがくよくよしてどうすんだ」と自分に言いました。でも、言えば言うほど目がうるんでくるばかりです。お父さんの身に付けていたチタン、東京で買った足のお守りや結婚指輪、携帯。そして驚いたのが時計が動いていたことです。お父さんの息が絶えた時も、津波に飲み込まれている時も、ずっと。お父さんの時計は今はぼくのものになっている。ぼくがその時計をなくしたりすることは一生ないだろう。

 ◇3月26〜27日

 見つかった時のお父さんの顔。まだ頭のどこかで見なきゃよかったと。でも見つかったおかげで火葬もできるし、お父さんをさわることができた。お父さんの体は水を飲んだのか胸がふくらんでいるだけだ。やっぱり見つかってよかった。

 ◇3月28日

 きょうは火葬の日。ぼくとねえちゃんとお母さんとけいじろうは、手紙を書いて、お父さんと一緒に入れてやりました。拝んでいる時ぼくは「箱石家は頑張って継ぐからまかせて」と言いました。お墓に骨を埋めるまで、ぼくに骨を持たせてくれました。骨をうめてホッとしました。

 ◇4月7日

 きょうは、ありがたいと心から言える日でした。お父さんとぼくたちの記事を見て、お父さんが東京マラソンを走った時の写真とお手紙を新聞の人が持ってきてくれました。ぼくたち家族に贈る言葉や、さらにはぼくに贈る言葉の手紙もありました。やっぱりお父さんはすごい。今日は本当にありがたい日だ。

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「ひとりじゃない」「いっしょに頑張ろう」とか「復興」とかって、多分今言うことじゃない。



ある被災者の身内の方のブログです。
共感するしないに関わらず、そこにある現実を読み取ってください。
軽々に語れない問題だということは間違いない。
他人に心寄せることはそう簡単ではない。



頑張ろう、頑張ろうって言うけど、

家が流されたんだよ?



と、福島の兄に電話したら、言われました。



おまえ、ちゃんと分かってるの?

超つらいとき、「とりあえず帰りたい、もう帰りたい」っていう

あの帰る家がね、全部流されたんだよ。

俺、もう、家ないの。

明日も頑張ろう!って決意するような場所がね、ないわけ。

今日も疲れた―!ってドア開けてホッとするような所がね、

全員、一瞬にして、心の準備もなく、いきなり11日から消えたわけ。

おまえ、家ないのに頑張れる?

服も漫画も、化粧道具も、アルバムも、大事にしてたもんも、全部いっきに無い。

よし、頑張ろう!って思える?

すげぇ言われてるんだけど、CMとかで、頑張れ頑張れとか。

ちょっと気を許すと、「一緒に頑張ろう!1人じゃない!」とか言うわけ。

いや、おまえら家あるじゃん?そのCM撮ったら家帰ってるじゃんって。

仕事もあるじゃんって。

おれ、船、なくなったんだぞって。

多分、漁師はもうできないと思ってる。

もう、なーーーんもない。

どう考えたら、今、頑張れるんだよ。

ちょっとでも頑張れる何かが、今、俺たちにあるのか?

「いや、今はこっちで頑張るから、おまえらは1年ハワイでゆっくりしてきな」

とか言われたい。

「おまえらが帰ってくるまでに片づけとくから。家も建てとくから」

とか言われたい。そしたら、俺だって頑張るよ。

毎晩、うなされるし、夜いつまでも眠れない。

流された人を何人も見た。

顔見知りも流された。

その頭にある映像を何回も思い出す。

そのたび、津波がこうくるって分かってたら、あの人を助けられたかも、とか。

時間が戻せたら、隣のおばあちゃんちに寄ってあげたかった、とか。

1人でも助けて英雄みたくなったら、まだやる気が起きたかな、とか。

俺、1人で逃げてきたわけ。

誰も助けなかった。おばちゃんとか、何人も追い抜いて逃げた。

重そうなもの持ってる人とかもいたのに。

もう100万回くらい、100通りくらい後悔している。

4日目にやっと町に行っていいと言われて

どっから手をつけていいかわからないどころか

いっそもう何もしたくなくなるような町だった場所を見て

ここを復興だなんて、微塵も思えない。今も。

蓋をしたい。見たくない。

町を見ると、死にたくなる。

自分の人生は、もう終わったなって思うよ。

こっからは、もう、どう頑張っても金持ちにもなれないだろうし

家だって、もう、二度と持てる気がしない。

何も希望なんかないよ。

そんな俺たちがさ、避難所で、CMでアイドルや俳優を見てさ

「一緒だよ、1人じゃない」とか言われるたびに

ああ、あの世界は自分たちとは、もう全然違ってしまったんだと思う。

家がある人の言葉だなーと。安定してるなーと。

そんなCMとかして充実もしてんだろうなーと。

家が流されてなくてさ、帰る場所があって、仕事があって

地に足が付いてる人が、すげぇ神妙な顔で、お洒落な服で、こっち見て何か言ってるな、と。

おまえに言われたくないと。ほんとに。何も言わないでほしい。

大丈夫なわけがない。

おまえらに大丈夫だよ、とか言われても、大丈夫なわけがない。

どう見たら、この状況が大丈夫になるのか、胸倉つかんで聞いてやりたい。

でも、怒る元気もない。やる気もない。

ボランティアや取材のやつらも来て、色々写真とか撮って

「実際みると、テレビとかとは全然違いますね」とか言ってて

数日たったら「元気出して頑張って!」とか言って

自分たちの家に帰っていく。

正直、復興なんてクソ喰らえだと思うよ。



「何か、できることある?」

何を言っていいかわかんなくなって、兄に泣きながら聞いたら、

「正直、不幸になってくれたら嬉しい」

と言われた。

「俺たちを幸せになんてふざけたこと思わないで、

俺たちの分、そっちもみんな不幸になってくれたらなー」

と言われた。

「俺たちを想って歌とか作られても今は不愉快だから

東京も全部流されて、それでも「頑張ろう」って言われたら

頑張るよ。その人の歌なら聴く。

知らないやつに、馬鹿みたいに「頑張って」とか「大丈夫」とか言われると、

今は正直、消えてほしくなるよ。

募金は嬉しいよ。で、ボランティアじゃなくて、ビジネスで、仕事として

町を復興に来てくれた方が、こっちも気兼ねなく色々頼めて気が楽。

正直、ボランティアに「ありがとう」とか言うのも苦痛。」

と。
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今できること
信じられない想像を絶する現実

今生かされている自分になにができるのか
今できること それを問う日々

無念にも亡くなっていった多くの方々
どんな想いだったのか想像すらできない
亡くなったたましいよ どうか安らかにお眠りください

避難してる方々に温かく過ごせる夜を
あたたまる食事や十分な医療を
幼い命にミルクやおむつが届きますように
バラバラになってしまった家族が会えますように

命をかけて懸命な救助活動をしている救援・医療・技術隊の方々
原子力発電所の中で作業してる方々
責任を持って行動している政府機関の方々
信じて捜索活動・行動しているすべての人に感謝と敬意を

どうかひとりでも多くの命が助かりますように
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